風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

パヴァーヌ、やっぱり難しいです。

ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を弾いているのだが、やっぱりこの曲、思った以上難しい。音を取って弾くことは問題ないのだけれど、問題はある音をどういう音色・強さで弾けば良いのかということ。そしてもう一つはその音を実際に僕が(理想通り)弾けるのか、ということ。この二点で苦闘している。

この譜面で説明すると(書き込みだらけで見にくく恐縮だが)、赤い長丸で囲った音については『どういう音色、強さで弾けば良いのか』をかなり悩んだ。ペルルミュテール校訂版にも他の実用版にも何も指示はない。『夢から目が覚めたように少し強めの音色・強さ』で弾くのもありだろうし、その前のmfで『少し目覚めかかったのが再び静まるような音色・強さ』で弾くのもありだろう。しかし、どうしたいのか自分でもわからない。弾きたい、と思って弾き始めたのに曲の細部のイメージが曖昧模糊として掴めていない!

やむを得ずというか、どうしたら良いかわからないので、いろいろなピアニストの演奏を聴き比べてみた。ラヴェル本人のピアノロール、フランソワ、ギーゼキング、ギレリス、カサドシュ、ペルルミュテール。。。ピアニストによって赤長丸の部分の解釈(音色と強さ)も全然違う。つまりは僕が決めないといけない、ということか。。。
結局、僕はこの音は『遠くで微かに響くpp』で弾くことにした。

その隣の青い長四角の部分は管弦楽版ではハープが演奏するアルペジオなのだが、この音は絶対ハープのような音色で弾きたい、と思った。しかし『ハープのような音色』でここを弾くのは僕にとっては簡単ではない。聴き比べたピアニストで一番ハープのような音で弾いていたのはペルルミュテールだった。
また、左手の緑の分散和音(他にもたくさんあるが)についても『ふぅっとそよ風のようなppで弾きたい』というイメージはあるが、一音だけ飛び出したりする。
自分の技術不足を痛感する次第だ。

とまぁ悩んだりしているのが結構楽しい。
これって飛行機のプラモデルを作っている人が本物の飛行機の資料を買ってきて細部を作り込んだり修正や改造をしたりしているのと似ているな、と思った。誰に見せるわけでもなく自己満足でやっている。僕の演奏もこだわったところで自分でヘッドホンで聞くだけで誰に聞かせるわけでもない。趣味とはつくづくそういうものだよなぁ。

閑話休題
いろいろなピアニストの演奏を聴き比べて、僕の趣味に合うのはペルルミュテールとカサドシュの演奏だった。どちらも楽譜に忠実でどちらかという愛想のない(抑制が効いているというべきか?)早めのテンポの演奏。でもとても上品で典雅な香り高い演奏だ。僕の好みなんだろうな、これは。

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ロベール・カサドシュの演奏。1952年のモノラル録音。

飛騨を恋い慕う

登録しているNPOメーリングリストから京都大学飛騨天文台の見学ツァーの案内があった。「行きたい!」と思い即座に申し込みをしたところ、無事受付されたとのこと。10月初旬に2泊3日である。

僕は昔は天文少年だった。火星あるいは木星の大気について研究したいと願っていたが成績が及ばず地球科学を勉強することになった(卒論では南極大陸に落ちた隕石の研究をした)。しかし実は最後まで諦めきれずゼミの教授に惑星研究をする方法がないものか直訴したりしていたのだ。
あの当時は探査機での観測が始まったばかりで惑星観測は地上の望遠鏡から行われていた。京都大学は花山天文台に45cm屈折望遠鏡を、そして飛騨天文台にアジア最大の65cm屈折望遠鏡保有し惑星観測を行っていた。カール・ツァイス社の65cm屈折望遠鏡!それでなされた火星観測の成果には目を見張ったものだった。

若かった頃、この大望遠鏡で惑星を見たいとどれほど願ったことだろうか。
今回は天気が良ければこの65cm屈折望遠鏡土星と月を見せて貰えるそうだ。
長年の夢が叶うかもしれない。
本当に楽しみだ。

飛騨天文台の65cm屈折望遠鏡(飛騨天文台HPより)



 

マタイ受難曲をピアノで弾いた

ピアノの練習をしようと蓋を開けた途端に「マタイ受難曲を弾きたい」と思い立った。気まぐれな気分は急にやってくる。そこでこの曲のソロピアノ編曲楽譜を無料PDFでダウンロードした。


編曲者はSalomon Jadassohnという人でライプツィヒのPeters版だが出版年がわからない。編曲者の没年が1902年だから19世紀の譜面であることは間違いないだろう。バッハのマタイ受難曲クラシック音楽の中で僕が一番素晴らしいと思っている曲で、20年前旧ブログでこんな記事を書いたことがある。

away-sw.hatenablog.com

今読み返すと若さ故の熱気が感じられていささか面映いが、今でも内容には全く同意だ。東京で実演を聴きに行った時には涙を抑えるのが難しかったことを思い出す。昔、声楽をやっていた知り合いに頼んで合唱練習用ピアノ伴奏譜のコピーを頂いて弾いたりしていた。今回の無料PDF譜は初見探り弾きで楽しんだ。

もちろん全曲なんて弾けないので第1部第1曲の「来たれ、汝ら娘たち、来たりてともに嘆かん」だけを弾いてみたのだが、あれ?と思ったのは30小節目でボーイソプラノが「O Lamm Gottes, unschuldig am Stamm des Kreuzes geschlachtet(おお、神の子羊よ、罪無くして十字架の幹に屠られた)と入ってくるところ、ピアノ編曲はg1の音を弾くようになっている。僕はてっきりボーイソプラノなのでオクターブ上のg2だと思いこんでいたのだが、以下のオリジナルのスコアを見ると確かにg1だった。



CDで聞いていた印象と音の高さは違ったのだ。ボーイソプラノは清冽な独特の響きでまるで天から降ってくるように聞こえたのでそのように思っていたのだろう。(以下のYouTubeでは3:36から)。

しかし弾いていて楽しかった。もちろん原曲は通奏低音+オーケストラ+二部合唱(ボーイソプラノのコラールを入れると三部となるのか?)なので複雑な響きをソロピアノで再現なんてあり得ないが、根幹の音は弾いているので僕の頭の中では勝手に合唱やら他の楽器の音が鳴っている、笑。昔、CDや音源などなかった時代、リサイタルなど滅多に聴くことができなかった時代はこういうピアノ編曲譜で市井の人たちは音楽を楽しんでいたのだろうか?などと思いながら、最後の感動的なピカルディ終止の和音を弾いた。

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蓼科高原に行ってきた

長男が会社で賞を取ったそうで、そのご褒美で家族同伴で無料で会社の保養所に泊まれるとのこと。関西から蓼科高原は遠いけどせっかくなので我々夫婦と長男とで行ってきた(次男はコロナにかかってしまい行けず)。

初日は北八ヶ岳ロープウェイで山頂まで。坪庭を歩いて回った。結構な運動量だった。

御射鹿池。深緑色が美しかった。

 

夕食は素晴らしいフレンチのフルコースを堪能。企業の保養所でフルコースを食べさせて貰えるとは思わなかった。

ジョウビタキ幼鳥

ジョウビタキ幼鳥

アオゲラ幼鳥

翌朝、早朝探鳥すると保養所の前でジョウビタキ幼鳥、アオゲラ幼鳥、オオルリ幼鳥など幼鳥祭り。お散歩用カメラしか持ってこなかったのが残念。ジョウビタキはもう長野県で繁殖しているんだなぁ。。日本国内で繁殖し始めたのはいつ頃だろうか。
この子たちは10月ごろまでこの山で過ごすんだろうね。

二日目はビーナスラインをドライブ。八島湿地を歩いているうちに雨が降ってきたので諏訪市蕎麦屋で昼飯を食べて終了。
久しぶりの家族旅行でした。

ショパン:ピアノソナタ第3番第4楽章

ショパンの「舟歌」は思った通り弾けない部分もあるものの、一応自分なりには上がりかな?というレベルに達している。なので1日に1~2回通してうまく弾けていない部分を部分練習する程度。レッスンでもそうだが、これ以上繰り返し練習しても上達が見込めない状況になれば一旦止めるしかないので、それを僕は「上がり」と呼んでいる。別の曲をやっているうちに以前は難しかった部分が弾けるようになることは多々あるのでそれで良かろうと。プロになるわけではなく楽しみで弾いているのでこんなところが妥協点なのかな?でも好きな曲なので1日に1回は通しで弾こうとは思うが。。。

ということで、次はどの曲に取り組むかな、と考え始めた。
ショパンのバラード1番とか3番とかも考えたが、なにせ曲が長いし根性入れて譜読みしないといけないし(バラード4番ほど難しすぎて弾けない感じではないが)、じゃあ昔に譜読みしたショパンソナタ3番の第4楽章を、と思って久しぶりに弾いてみた。もうすっかり忘れていて初見状態だったが、楽譜を見るとめちゃくちゃ練習した痕が残っていて(破れているページもあった)、それほど練習したのに最後、もう無理と諦めたのだな。どこが難しかったんだろう?と最後まで通して弾いてみたが今ひとつわからない。多分、後半の左手の広域アルペジオのスピードを上げられそうもなかったのかな?

過去のピアノ練習メモを見てみると2011年の10月(13年前)にこんなことを書いていた。

ソナタ3番の第4楽章は週末に1~2回通すだけでも、少しずつ少しずつ弾けるようになりつつある。しかし、所定の速度で弾くにはまだまだ遠いし、恐らくはこのままでは弾けないだろうと思う。
こういう難曲を弾くには、マラソンで3時間を切るランナー同様に毎日綿密に立てた練習計画で、きちっと詰めていかなくては到底無理である。
つまり、今のような「仕事漬け&完全消耗状態」では不可能、ということである。定年後まで待つしかないが、その頃には随分反射神経も動体視力も衰えているだろうな、と思うとひたすら悲しい。

いやー、あの、、、とうとうその「定年後」が来たんだが、、苦笑。
気楽にやってるので「綿密な練習計画」はちょっと御免被りたいなぁ。。
取り敢えずこの曲、左手の練習になりそうなので、少しずつ弾いてみよう。即、頑張ってやってみようという気にまでなれないのは、この第4楽章、昔感じていた魅力を今はあまり感じないからだ。派手だが単純なロンド形式で音楽的魅力に今ひとつ欠ける。昔はアルゲリッチの演奏を聞いて呪術的な魔力を感じたものだったが。音楽的魅力なら第1楽章が圧倒的だがこちらはさらに難しい。

まぁ、もし本気で弾くことにするのなら新しい楽譜を買おう。モチベーションアップのためにブレハッチの素晴らしい演奏を(いや、到底この速度では弾けないが、笑)。

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400種

先日の小笠原航路弾丸ツァーで3種の新しい鳥を見ることができたので、これで僕が日本国内で見た鳥の種数は400種になった。あるブログによればバードウォッチャーは「200種で一人前、300種で鳥バカ、400種で達人、500種で鉄人、600種で仙人」だそうだが、日本国内で見られる鳥は日本鳥類目録第7版では633種だから400種だと2/3程度を見たことになる。

よく聞くのは400種まではなんとかなるが、そこから先は「1種15万円の世界」というものだ。400種までは日本国内のあちこちに行って普通のバードウォッチングをしていればまぁ見れるが、そこから先は数年に一度しか立ち寄らない迷鳥(つまり迷って日本に来る鳥)を情報アンテナを張り巡らせるか渡りの時期に遠い離島に通って見るしかなく、迷鳥が来たとなると日本のどこであれすっ飛んで行かないと(すっ飛んで行っても見れないことも多々ある)いけないので、その旅費・交通費を考えると1種増やすのに空振りも含めて15万円程度かかるということのようだ。それでいくと僕が見た鳥を500種にするにはあとおよそ1500万円要ることになりますね、苦笑。

僕の知り合いでも死ぬまでにどうしても500種見たいと頑張っている方(80歳を越えている)がおられる。その方からは時々「●●島で◯◯が出た!」等、ホットな最新情報を頂くことがあるのだが、僕は「情報ありがとうございます」でスルーすることが多い。僕は何が何でも見た鳥の数を増やしたいと思っているわけではないのだ。アメリカでは見た種数にこだわるバードウォッチャーを「Lister」と呼ぶ(リストを増やすことに固執する人という意味)。また鳥の情報をひたすら集めて見るために飛び回る人を「Twitcher」と呼ぶ。僕はListerにもTwitcherにもなりたいわけではないのだ。

僕はとにかく楽しくバードウォッチングをしたいだけだ。遠征だったら旅の楽しさも含めてとにかく楽しくないといけない。バードガイドをお願いすることについても全く抵抗がない。お金はかかるけどガイドさんは僕よりずっと知識があるので教えて貰えるし、1人で行っても絶対見つけられないような鳥も見せてもらえることが多いからだ。

そろそろ秋の渡りが始まっているようで僕のマイフィールドの公園でもコルリが通ったようだ(月曜早朝に行ってみたが抜けた後だった)。この夏、さすがの暑さに耐えかねて僕たちは小笠原遠征以降は一度しかバードウォッチングに行っていない。毎年行っていた佐賀県の大授搦への遠征も危険な暑さなので取りやめた。この暑さの中のバードウォッチングは残念ながら「楽しくない」からだ。早く涼しくなって欲しいものだ。

 

なんともボケた話

バッハのヴァイオリン協奏曲集。
寺神戸 亮・バッハ・コレギウム・ジャパンが演奏した音源がすごく気に入っていて、以前毎日のように愛聴していたのに棚のCDをいくら探しても見つからない。東京での単身赴任から引き上げる際にずいぶん沢山のCDもまとめて処分してしまったのでその中に紛れてしまったのか?と思ったが、いやいやあんなにお気に入りのCDを売り飛ばすわけがないと記憶を探り、デジタル音源をダウンロードしたのかもとAmazon MusiciTunesのライブラリを探し回ったが見つからない。

ネットでCDを探してみるともう入手不能なようだ。
ではやむを得ないと思ってiTunesで購入ボタンを押すと購入が成立したのだが、その直後「ライブラリにある同じ11曲は削除して良いですか?」とテロップが出た。うわ、購入してライブラリに入っているのを見つけられなかったのだ!と思ったがもう遅い。
同じ曲集をもう一度買うことになってしまった。しかし、せめて「この音源は購入済みでライブラリにあります」と事前に出してほしかったよなぁ。。。

複雑な思いを抱えながらダウンロードした音源を聴く。あー、懐かしいすっきりした寺神戸さんの節回し。古楽器らしい早めのテンポのBCJの演奏。やっぱりこの音源は僕の好みだなぁ。お金は無駄になったが手に入って良かったと改めて思った。この音源は以下のYouTubeにもあるのだけど、やっぱり愛聴している音源は手元に置いておきたい。

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バッハ/ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 BWV1041 第1楽章
(Vn:寺神戸亮 指揮:鈴木 雅明  バッハ・コレギウム・ジャパン

久しぶりの衝撃と感動

ずっとNHKBSの「クラシック倶楽部」を録画して作業している間流しているのだが、今朝は久しぶりに凄い音楽に出会って作業を止めテレビ画面に最後まで見入ってしまった。
この日は”進化する弦楽四重奏”ということでタレイア・クァルテットがハイドンの「五度」とスティーブ・ライヒの「ディファレント・トレインズ」を演奏したのだが、この「ディファレント・トレインズ」が凄かった。凄かったという以上に心奪われて音楽に集中し没頭してしまったというのが適切か。

スティーブ・ライヒミニマル・ミュージックで有名な現代音楽家だが、この曲は聴いたことがなかった。Wikipediaによると「作品はライヒの幼少時代と、同時期のヨーロッパで起こっていたホロコーストを、「汽車」というキーワードによって結びつけ、ミニマル・ミュージックの技法によって作曲したドキュメンタリー性の強い楽曲である。1989年のグラミー賞最優秀現代音楽作品賞を受賞した。」という曲だそうで、録音された人の声や汽車やサイレンの音なども弦楽四重奏と合わせて使用されている。

第二部Europe/ During the warでの「ドイツ軍が侵攻してきた」「逃げなさい!」「息を潜めて!」といったセリフと不協和音の繰り返しを含む緊迫した音楽を聴き、もう音楽に釘付けになってしまった。「家畜を運ぶ貨車」「頭を剃られる」「炎」「煙」「空に立ち上る」といったキーワードと共に奏でられる音楽の緊張感と切迫感。これをライヴで聴いたら終わっても座席から立てないのじゃないかと思うほどのものだった。

僕は割と現代音楽も好きな方だと思うけど、現代音楽は面白いとは思っても、心奪われるとか感動するといった経験はほぼしていないと思う。音楽に心奪われると聴いている間、いろいろな考えや情念がとめどなく湧き上がってくるのだが、今回は本当に久しぶりにそういう経験をした。もちろんそれは僕が昔からホロコーストについて知りたいと多くの本を読んだり映画を見たりしたことも多少影響しているのかもしれないが。。。

戦争の本質を後世に伝えるにはいろいろな手法(書籍、映画、語り継ぐことetc)があるが、音楽も強力な手段になり得るのだ、と認識した。最後にこの演奏にはライヒのテキストをNHKがCG技術を用いて映像化し画面に重ね合わせていたのだが、それも素晴らしい出来だったと思う。本当に良い音楽を聴けて満足だった。

youtu.beスティーブ・ライヒ「ディファレント・トレインズ」

楽譜にテキストも書かれている。(タレイア・クァルテットの演奏はなかったのでクロノス・クァルテットの演奏で)

ペルルミュテール版に感心

ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」は通して弾けるようになったので楽しんでいるのだが、弾いているうちに段々疑問点や「やっぱり難しいよなー」という部分などが出てきた。そのひとつがソフトペダル。今使っている校訂版には多くの部分でソフトペダルを踏む指示が書いてあるのだが、実際に音を出してみると違和感がある。僕のピアノは電子ピアノではあるがソフトペダルを踏むと生ピアノ同様に音が弱くなると同時に少しくぐもった音になる。この曲で「くぐもった弱音」が似合う部分はごく限られているように感じられるのだ。

ペルルミュテール版を見るとソフトペダルを踏む指示は一切ない。ラヴェルのオリジナル譜はもちろんないのだが(ダンパーペダルの指示も部分的)、おなじラヴェルの「古風なメヌエット」なんかを見るとラヴェルはソフトペダルを踏んでほしいところでは「avec la sourdine」と(フランス語で)指示している。なので恐らくラヴェルはこの曲ではソフトペダルを踏むべき部分はないと考えていたのでは?と感じる。僕はごく部分的にのみソフトペダルを踏むことにした。

ペルルミュテール版は見れば見るほど練り上げられたすごい楽譜だと思う。あちこちに管弦楽版の楽器の名前の記載があって音のイメージをそこから作っていたことが読み取れる。指使いについては赤いマークの和音が右手だけでは綺麗に鳴らせないでいたのだが、この楽譜の指使い(左手親指でラを取る)にしてから鳴らせるようになった(もっと早く気づくべきだった。いまこの指使いでやり直し中)。


しかし何より一番凄いと思ったのは、冒頭に掲載されているペルルミュテールの使っていた楽譜の写真。すごい量の書き込みと印でいかに考え抜いて練習した上で演奏していたのかが読み取れる。こんなシンプルな曲なのに。。。これがプロの技なのだ、と実感した。



珍鳥ラッシュの小笠原航路

7月30日に東京港を出発して7月31日に小笠原諸島の父島に到着、4時間半後に父島を出発して翌8月1日に東京港に帰着する海鳥観察ツァーに行ったのだが、とんでもないレアな海鳥が出て大騒ぎになった。その鳥の名はナスカカツオドリ。地球の反対側のガラパゴス諸島付近にいる鳥で過去日本では4回しか観察されていない超レアな鳥だ。僕は一生見ることなんてあり得ないと思い込んでいたのだが、今回何故か出現した。

ナスカカツオドリ

これがナスカカツオドリ。アオツラカツオドリに似ているがクチバシの色がオレンジ色で脚の色が灰緑色。僕は「すごく濃い顔をしたアオツラカツオドリだなぁ」と思っていたが、全然別種だったのだ。

 

アカオネッタイチョウ(若鳥)

それから東京への帰りの航路ではアカオネッタイチョウの若鳥が出た。これもなかなかレアな鳥で、普通は硫黄島あたりまで行かないと見られない。これもラッキー。
あと、他にはオガサワラヒメミズナギドリとかシロガシラカツオドリの雌とかマニアックな超レアな海鳥も登場して非常に盛り上がったツァーだった。とはいえ盛り上がっているのは我々マニアだけで一般の乗客には何の関係もないのだが。。。

一般の人にはこういう太平洋に沈む夕日や南島の扇池の景色などのほうが受ける。
いや、僕たちバードウォッチャーも小笠原のスカイブルーのペンキを流したような海と空には感動しているのだけれど、それはさておき、やっぱり必死で双眼鏡で海鳥を探してしまうのだ。もうビョーキですね、苦笑。